▲ [column] 藤本美貴の娘。加入が意味すること / 2003.1.20
世の中のハロプロヲタを震撼させた7・31ハロプロ構造改革以降、つんくは世間に対するハロプロの浸透に力を入れているように思える。必要以上に「ハロープロジェクト」というプロジェクトが存在していることをメディアでアピールし、モーニング娘。もそのプロジェクト内の一グループに過ぎないというような解釈を世の一般人にさせようと必死になっている。
これは、それほどつんくにとってハロプロが重要であるということの証なわけで、彼としては娘。だけではなく、ハロプロ全体の知名度アップが今現在の最重要課題なのだ。

しかし、その課題達成のためには、娘。という媒体の今以上の飛躍がなければならないわけであり、娘。はさらに進化し続けなければならない。それはもちろん、モーニング娘。がハロープロジェクトというプロジェクト全体の中核であり、要であるからだ。
つまるところ、ハロープロジェクトの躍進は、モーニング娘。の躍進なくしては有り得ないわけで、言わずもがなこのプロジェクトをプロデュースすることは、つんく自身がもはやライフワークとまで考えているほどの重要性を持っている。

そして、その娘。の躍進のためにとられた措置が「モーニング娘。の藤本美貴」の誕生であった。

もうすでにソロとして活躍しており、人気上昇中の藤本の娘。入りは、今後の娘。の更なる飛躍を考えた上での措置であり、この「娘。の更なる飛躍」ということを考慮すると、プロデューサーとしては当然なすべき措置だったといえるのだろう。
そのため、藤本が娘。入りすることは、娘。にとっても藤本にとっても一見するとプラスの効果しか生まないと思いがちである。藤本は娘。入りしても、今と変わらずソロ活動を続けることは約束されているわけであり、ただ単純にモーニング娘。としての活躍の場が増えるだけであるのだから。

確かにそうなのだろう。藤本の加入はある意味では新鮮な加入であり、娘。、藤本双方の今後の更なる飛躍をも予感させるような措置だったのかもしれない。

しかし、実は私にとっては今回のこの措置はあまり楽観できる事態ではなかった。
それは、藤本の娘。入りは、同時に安倍なつみの娘。卒業が確実に近づいたことも意味するからだ。

すでに紅白出場までも果たしている藤本を娘。のセンターに配さないはずはない。娘。の中核を担う存在として安倍とともにツートップを組むことは明白であり、ゆくゆくは娘。の顔として、娘。の完全なる中心としてプロデュースされることは自明である。
こうしたプロデュースの結果、いつしか「モーニング娘。=藤本美貴」といった方程式が我々の中でもなんら違和感のない、当然のことであるかのような感覚に陥り、そして悲しいかなそのときこそがまさに安倍が娘。から卒業するときなのだ。

私は以前から、名実ともに娘。の顔としていまだ君臨する安倍の卒業に対する処置を、つんくがどのように行うのか非常に気になっていた。もちろんそれは、もう一人の顔であった後藤が先に娘。を卒業したからだ。
いつしか必ず訪れるであろう安倍の卒業までに、現存のメンバーが安倍とツートップを組むほどにまで躍進することは非常に考えにくく、そうなると安倍の卒業と同時に娘。の顔がいなくなることになるのだ。そしてそれはすなわち、実質的な娘。の崩壊を意味する。

この壊滅的な事態に対するいわば反則的な手段が今回の藤本加入であった。藤本美貴が娘。の新たな「顔」として迎え入れられたのだ。これからは、確実に藤本中心に娘。は動いていくことになる。

着実に動き出してしまった、そしてにわかに現実性を帯びてきた安倍なつみの娘。卒業。覚悟はしていたこととはいえ、こうも露骨な措置をとられるとやはりいい気分はしないものだ。
私にとって、藤本美貴の娘。加入は、安倍なつみ娘。卒業への前ぶれとしか思えず、だからこそ素直に喜ぶことはできなかった。

もしかしたら、「モーニング娘。の安倍なつみ」は今年で最後なのかもしれない。
だがしかし、だからこそ現実に訪れる卒業のその日まで、私は「モーニング娘。の安倍なつみ」を心の底から応援し、その一挙手一投足を心に焼き付けていきたいと思う。

願わくは一日でもその卒業が先にならんことを。

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