- 2002年日本シリーズ -



- 2002年日本シリーズ -
ポッチャリ松坂2発で沈む / 2002年10月26日 第1戦 東京ドーム
巨人上原、西武松坂という両先発で開幕した2002年日本シリーズ。
立ち上がり不安定だった上原に対し、松坂は好投し、この試合終始西武ペースで進められるものと思われた。
しかし、4回、清水の2ランホームランを喰らった病み上がり松坂は、ランナーを一人置いた場面で同じく病み上がりの清原を向かえ、シリーズ初の病人対決という華やかな演出を飾ったのも束の間、その清原に推定150Mの特大アーチを打たれ、儚くも散っていった。

ベネズエラの怪人しかしながら、この前の打席でドタドタと必死の全力疾走を晒し、名手松井を動揺させエラーを誘ったことと、この特大ホームランとで、清原の足の怪我の方は真っ赤なうそだったことが分かり、ただ単に試合に出渋っていただけだったことが判明した。これを知った西武伊原監督は、大都会東京人の怖さをまざまざと見せ付けられ、半べそをかいていたことは言うまでもない。

一方の上原は尻上がりに調子を上げ、このまま完封かと思われた9回表、先頭打者のカブレラに、ここまでの疲れの影響がモロに出た小気味いいほどにブーキングのきいたインハイの真っ直ぐを、レフトスタンドに叩き込まれると、その後は何かに取り付かれたかのように、高めに抜けるお得意のフォークを多投する。
しかし、このへっぽこフォークに、何故か面白いように打ち取られる西武打線を見て、「カブレラの余計な一発さえなければ、上原はこの後もストレート勝負してきたものを…」とコーチ陣は一同嘆いたりしたが、自分自身のアーチこそが第一のベネズエラの怪人は、そんなコーチ陣の嘆きなど当然知る由もなく、ベンチの中央で悠悠閑閑といつまでもその余韻に浸っていたという。

○巨4−1西● 対戦成績:巨人1勝

石井のカモはハムだった / 2002年10月27日 第2戦 東京ドーム
第2戦目を取るか取られるかが、日本シリーズを制する上では非常に重要と言われている中、「東京ドームに相性がいいから」などという非常に曖昧な理由で、シーズンわずか8勝の石井貴が「いちゃえいちゃえ!」といった伊原監督の口車にまんまと乗せられてしまい、意気揚々と、この大事な第2戦の先発マウンドに上がったものの、3回裏、ピッチャー桑田のヒットを皮切りに連続5安打の猛攻を受け見事に轟沈した。

好投したシーズン12勝の桑田所沢西武軍は、打たれれば打たれるほど、どんどんシャクレ上がっていく石井貴の驚愕のアゴが、放送コードに引っかかってしまうことを懸念し、松沼ピッチングコーチに通達。あわてて許をマウンドに送らせるという醜態を晒してしまい、全国放送の中継には不慣れであるということを、はかなくも露呈してしまった。

この回6点を奪い、完全に試合を決めた巨人軍は、ランナーを出しつつも要所をしっかりと押さえた桑田の好投も相まって9−4で快勝。2連勝で対戦成績を2勝0敗とした。

ちなみにこの日も、すこぶるどうでもいい場面で、ポカ島のヘナチョコストレートをライトスタンドに叩き込んだベネズエラの怪人は、2試合連続のホームランという自身想像もしていなかった結果に酔いしれ、チームは大敗したにも関わらず、満面の笑みでベンチを後にしたという。

試合後、「石井貴の東京ドームの相性に期待したんだが…」などと弱々しく呟いたという伊原監督は、『石井は東京ドームに相性がいいわけではなく、ただ単に日本ハムファイターズに相性がいいだけだった』といった事実に未だ気が付いていないらしく、今後の西武軍に、にわかに暗雲が立ち込めている。

○巨9−4西● 対戦成績:巨人2勝

5戦目までは行こうぜ!byテレビ朝日 / 2002年10月29日 第3戦 西武ドーム
ここまで順調だった視聴率が、この第3戦で低迷してしまうことを懸念したテレビ朝日は、第1戦、第2戦と、完膚なきまでに打ちのめされた西武軍に対し、第2戦が終わった直後から「ライオンズは本拠地の西武ドームに戻ったら、きっと勢いを取り戻す!」なんていう全く以って何の根拠もない理論を打ち立て、苦し紛れの視聴率奪取をはかった。

しかし、誰もが思わず失笑してしまうような空論であるにも関わらず、案の定、当の西武軍だけはまんまとこれに乗せられてしまったようで、1回裏、ベネズエラの妖怪の豪快な超アッパースイングから放たれたレフト前のタイムリーヒットで今シリーズ初の先取点をあげ、西武ファンを狂喜乱舞させたが、そんな今シリーズ初の乱舞が続いたのも、悲しいかなわずか1回の裏だけだった。

巨人軍が2回表、すぐさま清原のシリーズ第2号ソロホームランで同点に追いつき、さらには西武軍の後続ピッチャーをボコボコに打ちのめし、あれよあれよという間に追加点を重ねる光景を見て、いつの間にか天下の日本シリーズが巨人ナインのフリーバッティングに変わっていたことに気が付いた西武ファンは、もはや乱舞することなど出来るはずもなく、西武ドームにはいっせいに絶望の舌打ちが木霊したという。

西武ファンの心中を察した巨人軍原監督は、最後の9回裏ぐらいは西武軍に花を持たせてやろうと気遣い、マウンドにヘナチョコ条辺を送るという心憎いまでの演出をしてくれたのだが、何故かその条辺のヘナヘナフォークにクリンクリンとバットを回して空を切る西武ナインは、どうやら彼らなりに原監督の気遣いに応えていたようである。

●西2−10巨○ 対戦成績:巨人3勝

伊原得意のパルプンテ / 2002年10月30日 第4戦 西武ドーム
巨人軍先発高橋尚に対し、3連敗と後のない西武軍は、予定通りシーズン15勝をあげた西口を先発起用し、ここに来てやっと日本シリーズに相応しい先発が登板したことで、誰もが「むしろこれからが日本シリーズの開幕なのでは」といった錯覚すら覚えた。

今までシリーズに4度登板し、まだ一度も勝ち星をあげたことのない西口は、『もしかしたら自分は、シリーズでは一生勝てないのでは』といった不安に駆られ、初回から、逆球満載のガムシャラピッチングを披露し、エンターテイナーとしての株を急上昇させた。

しかし、元々エンターテイナー性など全く持ち合わせていない西武軍伊原監督にとって、この西口のピッチングなど理解できるはずもなく、これは得体の知れないクリーチャーの出現によるものだと思い込んだあげく、「球場には魔物が棲んでいる!」といった格言を急遽思い出した彼は、気が気じゃなくなり、2対2のタイスコアの場面で、こともあろうか「ピッチャー松坂!」といった最終呪文を唱えてしまった。ドラクエで言うところの「パルプンテ」と同じ意味を持つこの呪文の結果は、巨人軍に吉と出た。

何故かふてくされる松坂第1戦で打ち込まれた鬱憤を晴らそうと目論む松坂は、その剛速球を巨人ナインめがけて投じ、とりあえず高橋由を戦死させることに成功。これに味を占め、阿部にもツーナッシングから剛速球を背中にお見舞いし、もだえ苦しむ阿部を見て、マウンド上でニンマリと満足げにほくそ笑んでいたところ、続く斉藤にレフト前にタイムリーを打たれ怒り心頭。挙句に、代打後藤に対し、「誰だお前?お前なんかに打たれるわけがないだろ」と人を子馬鹿にしたような、ど真ん中の真っ直ぐを投じ、第1戦に続きまたしても死んだ。

快音を残して飛んでいった打球は、ライトオーバーの2点タイムリースリーベースとなり、この時点で、この試合の勝負が決まったと同時に、日本シリーズも実質上の終わりを告げた。
巨人軍が強かったのか、それとも思ったより西武軍が弱かったのか。
結局その真相は分からずじまいのまま、2002年の日本シリーズは、巨人軍の4連勝という結果で幕を閉じた。

ちなみにクリーンナップとして大いに期待され、シリーズ前からキープレイヤーとしてマスコミから取り沙汰されていた和田は、打率.000と、防御率24オーバーの石井貴と共に破天荒の成績を収めることに成功した。

●西2−6巨○ 対戦成績:巨人4勝

編集後記
小学生時、西武球場の青い人工芝と水色のユニフォームは、常勝軍団の象徴であり、巨人ファンのボクにとっては憎く、そして抜け目ない強さを持った恐ろしい存在でした。デーゲームで行われていた当時の日本シリーズでは、開幕と同時にもう西武ペースで、全て西武の術中にはまっているといった感覚に陥り、同時にその野球の質の違いに愕然としたものでした。

しかし、その当時の強さは現在の西武にはありませんでした。

今回の4連勝はこの上なくうれしい結果ではあったのですが、正直こんなにあっさりと終わってしまうとは思ってもいなく、当時の常勝軍団の面影が全くなくなっていた西武の姿に、何故か寂しさすら覚えたものです。

宙に舞う若大将「シーズン中と同じことをするだけ」と言い、中6日のローテーションを守るために、先発も5人を名指しで指名。徹底してそのスタイルを崩さなかった原巨人に対し、復帰間もない松坂の初戦先発、さらにはDH制の違いがあるにせよ、7番にピッチャー松坂を起用。シーズン中と同じことが出来なかった伊原西武。もしかしたら、この時点で勝負は決まっていたのかもしれません。

初戦の松坂の起用に関しては、黒幕の存在も噂され、真相は定かではありませんが、西口に対する扱いをもっとしっかりと考えていれば、恐らく4連敗という屈辱だけは阻止できたでしょう。

近年、ホームランばかりが話題となり、ストレートでの力勝負・大味な試合展開がイメージとして定着しているパ・リーグは、いつの間にか、かつてはお家芸ともいえた、緻密な、そして相手の弱点をつつく野球を忘れてしまったようです。外野手を前進させ、力球でねじ伏せ、詰まらせて打ち取るといった野球を改善させることが、「実力のパ」復活への第一歩だと思います。

現役時代の1990年、巨人の4番として全く結果を出せぬまま、西武に4連勝された屈辱を、監督として見事リベンジすることに成功した原。その原の胴上げ、日本一になった巨人ナインの勇士を、眼鏡をはずすことでごまかし、その悔しさを心に焼き付けることを拒んだ伊原。
この時、伊原西武が来年もこの頂上決戦に来ることはきっとないのだろうなと、ボクはふと心に思いました。

まあ、しかし、今シリーズは、「とにかく西口がかわいそうだった」ってことぐらいかなぁ。印象に残ったのは。

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