▲ [column] “FOLK DAYS” (市井紗耶香復活ライブ) / 2002.2.21
先日、フジテレビ系列で『市井紗耶香with中澤裕子in“FOLK DAYS”』が、AM4:10〜AM5:10という深夜枠で放送された。
私は、毎日毎日事細かにテレビ欄をチェックし、娘。関連が出演する番組を全て網羅してしまうようなヲタではないので、深夜のこんな枠で放送された番組を知るわけがない。これは、某サイトの掲示板にご丁寧にも放送時間はもちろん、このライブの大まかな内容までも書き込みをしてくれているヲタの方がいて、たまたまそのカキコを読んだために知ったのだ。
その人のカキコによると、このライブはすばらしいものであり、そして近年稀に見る感動的なライブであるという。そこまで言われたら見るしかない。まんまとのせられた私は、ビデオにまで録画した。(放送時間があまりにも遅すぎるということも理由だけど)
感動的とまではいかないが、確かにこのライブはすばらしいものだった。
生バンドによる演奏、当然のことだが、口パクはゼロ。小さな会場によるライブのための客との一体感も、TVを見ている側には感じられ、醜いヲタどもの叫び声も聞こえてこない。まるで、私が以前に書いたコラムでの批判を読んで、それを全て改善してくれたかのようなライブであった。
そして、なによりも選曲がすばらしかった。昭和40年〜50年代のフォークソングを中心としたカバー曲だが、その中には「なごり雪」「待つわ」「白い色は恋人の色」など、まさにその時代の名曲が目白押しだった。また「ふるさと」を選曲したという点もすばらしい。今の娘。のコンサートで「ふるさと」が歌われることは皆無である。まるで消してしまいたい過去であるかのようだ。
とにかく、ヲタのカキコ通りに、このライブはすばらしかった。巨大に膨れ上がってしまった現在の娘。にはない「生のライブ」感がひしひしと伝わってきた。今の娘。のライブは残念ながら「ライブ」という名の演技である。
しかしながら、このすばらしいライブの中でも、ただひとつ非常に残念なことがあったのだ。それは他でもない、このライブの主演が「市井紗耶香と中澤裕子」であったということである。
私が感動できなかった理由はおそらくここにあるのだろう。
私は、毎日毎日事細かにテレビ欄をチェックし、娘。関連が出演する番組を全て網羅してしまうようなヲタではないので、深夜のこんな枠で放送された番組を知るわけがない。これは、某サイトの掲示板にご丁寧にも放送時間はもちろん、このライブの大まかな内容までも書き込みをしてくれているヲタの方がいて、たまたまそのカキコを読んだために知ったのだ。
その人のカキコによると、このライブはすばらしいものであり、そして近年稀に見る感動的なライブであるという。そこまで言われたら見るしかない。まんまとのせられた私は、ビデオにまで録画した。(放送時間があまりにも遅すぎるということも理由だけど)
感動的とまではいかないが、確かにこのライブはすばらしいものだった。
生バンドによる演奏、当然のことだが、口パクはゼロ。小さな会場によるライブのための客との一体感も、TVを見ている側には感じられ、醜いヲタどもの叫び声も聞こえてこない。まるで、私が以前に書いたコラムでの批判を読んで、それを全て改善してくれたかのようなライブであった。
そして、なによりも選曲がすばらしかった。昭和40年〜50年代のフォークソングを中心としたカバー曲だが、その中には「なごり雪」「待つわ」「白い色は恋人の色」など、まさにその時代の名曲が目白押しだった。また「ふるさと」を選曲したという点もすばらしい。今の娘。のコンサートで「ふるさと」が歌われることは皆無である。まるで消してしまいたい過去であるかのようだ。
とにかく、ヲタのカキコ通りに、このライブはすばらしかった。巨大に膨れ上がってしまった現在の娘。にはない「生のライブ」感がひしひしと伝わってきた。今の娘。のライブは残念ながら「ライブ」という名の演技である。
しかしながら、このすばらしいライブの中でも、ただひとつ非常に残念なことがあったのだ。それは他でもない、このライブの主演が「市井紗耶香と中澤裕子」であったということである。
私が感動できなかった理由はおそらくここにあるのだろう。